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トランスフォーマー三昧 

昨日は、トランスフォーマーの映画トランスフォーマー博にトランスフォーマーずくしの楽しい一日でした。

まず、映画の方。第3作目から数年後、地球人はデストロンの残党を掃討するという名目でトランスフォーマーを弾圧しています。軍医で最も平和を望んでいたラチェットの地球人による殺戮は涙を誘います。
その中で、ある男性はある廃トラックを見つけます。名前はジャック・イェーガー。娘テッサのために働いています。しかし、この親父、やたらと娘に厳しく、男性との付き合いに反対します。そんな父にテッサはうんざりしています。そのような中、政府が嗅ぎつけてきます。廃トラックがトランスフォーマーでないのかと疑い来襲します。一方廃トラックは修理されオプティマスの正体を現し、応戦します。ピンチのところをテッサの恋人が駆けつけ逃亡します。

そして、サイバトロン集結し、自分達の身を守るために「なぜ、政府はトランスフォーマーを敵視する」のか調査します。すると、デストロンの新しい勢力ロックダウンがアメリカ政府の一部と結託してサイバトロン狩りをしていたことが判明します。そして、そのためにメガトロンの部品を利用してガルバトロンに改造し、人造トランスフォーマーも作っています。ロックダウンと戦うために囚われていたダイノボットを解放し、そこにあった剣を引き抜き戦う。
一方ガルバトロンもコントロールが効かなくなり、かつガルバトロンも自我を取り戻し人造トランスフォーマーを率い戦う。
三者三つ巴で戦い、サイバトロンの勝利に終わる。サイバトロンも人間との友情を取り戻し、共に戦うことを誓う。

とあらすじはこんな感じだが、一番良かったのがオプティマスが剣を振り上げ、グリムロック(ティラノサウルス型トランスフォーマー)に乗るもの。これはかっこよかった。2つ目はテッサ。中川翔子の演技もあいまってなかなかキュート。これだけのために見る価値があります。

さて、映画の余韻に浸るまもなく横浜のトランスフォーマー博に出かけましたが、巨大オプティマスにトランスフォーマーのおもちゃなど見どころ満載でした。
オプティマス、バンブルビーの巨像です。
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しかし、1番すごいのが販売店の商品。グッズが充実していて目移りしました。しかもレジで2時間待ちすごい人気でした。
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楽しい一日でした。
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自分の表現は守れと言いながら気に入らない表現は規制せよというわがまま。 

今となっては旧聞になりつつある話題となってしまった感はあるが、ろくでなし子のわいせつ物陳列罪で逮捕された件について話したい。

自分の女性器の3Dデータを不特定多数がダウンロードできる状態にしたとして、芸術家のろくでなし子がわいせつ電磁的記録頒布の疑いで、逮捕、勾留された。が、弁護士側の準抗告が認められ、検察の勾留請求が却下され、ろくでなし子が釈放された。いくつか問題は残したもののこれ自体は何よりである。


しかし、問題なのは彼女が勤務しているアダルトショップの経営者である「北原みのり」である。彼女はアニメやマンガといったオタクメディアに対する表現規制を求める活動などを行っている人物である。

 北原が今回の事件についてこう述べている。

 「今、私たちが議論するべきは、何が猥褻かではなく、誰が何を猥褻と決めているのかで、そして表現の「猥褻性」などではなく、「暴力性」「差別性」であるはずなのではないでしょうか。誰に向けられた暴力と差別の表現が許されているのか、なぜその表現がどのような文脈故に許されているのかの、検証ではないのでしょうか。」
つまり、彼女はろくでなし子の表現には暴力性や差別性がないから規制されるいわれはなく、一方でロリコン表現には暴力性や差別性があるから規制されるべきであると述べているのである。

この発言は2つ問題がある。一つは例え自分自身がどう思おうと警察や権力側は「どちらも同じ」と考えている。つまり、ロリコン表現もろくでなし子の表現も規制側からすれば区別しておらず、ロリコン表現を規制すれば必然的にろくでなし子の表現も同時に規制されてしまうということであり、自分の表現を守るためには気に入らない表現も同時に守らなければ、自分の表現は守られないということである。そして、今回の事件がそれを証明しているのである。にも関わらず、北原みのりはこのことに気づいていない。

二つ目は、「自分の表現は守られるべきだが、自分の気に入らない表現は規制されるべき」という幼児のわがままのような認識があるということである。まず、表現の暴力性や差別性の問題であるが、これは別に「男性から女性」だけではなく、「女性から男性」によるものだってある。女性が楽しむポルノ表現物の一つボーイズラブの中にはまさに「男性に対する暴力性・差別性」がある。このように「男性から女性に対する暴力性・差別性」を批判しておきながらその逆はお咎めなしでは北原みのりの思想は幼稚なダブルスタンダードでしかないということが分かる。

つまり、彼女の考えは表現規制であり、男性に対する性差別を積極的に行う人物であるということである。もちろん、ろくでなし子の逮捕の不当性は訴えるべきだがだからといって、北原みのりのダブルスタンダードな性差別は許してはならない。両方とも批判すべき問題なのである。

 こういうと「被害者の人権はどうなるんだ」という意見もあろう、しかし、アニメや漫画が犯罪を誘発したという事実は存在しない。日本はそういった表現が氾濫しているにも関わらず、世界的にも犯罪が少なく、むしろ規制している国の方がはるかに多い。従って「犯罪を引き起こすから規制」というのは単なる言いがかりでしかない。

 詳細は下記のエントリーを参照されたい。
http://omegaphenix.blog.fc2.com/blog-entry-78.html
http://omegaphenix.blog.fc2.com/blog-entry-76.html
http://omegaphenix.blog.fc2.com/blog-entry-2.html
つまり、漫画やアニメの表現を規制を求める言説は何の正当性を持たないのである。
従って、北原みのりをはじめとする「漫画アニメ表現を求める言説」は言いがかりに基づいた妄言でしかないのである。

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